×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

山谷夜回りの会









山谷という街は

  1. 山谷地区の歴史的経緯
  2. 山谷地区の現状
  3. 山谷地区で活動する他団体(一部です)


山谷地区の歴史的経緯

 山谷という地名を、いまでも私たちは愛着を以て使っています。
けれども、「山谷」という言葉は、1966年住居表示制度の導入によって消滅し、現在の地図には載っておりません。1947年から1966年までは、浅草山谷町と呼ばれておりました。現在の台東区のおおよそ北東部に山谷という町はありました。
 言問橋の近くに、待乳山聖天宮があるが、ここには、かつて山がそびえ立っていたと言われている。徳川家康が江戸に拠点を移し、当時湿地帯であった江戸湾を埋め立てるため、この山を削って、その土砂を埋め立てに使ったすえ、その山はなくなってしまったと言われている。
 この山は縄文時代頃から祭られきた古い聖域であった、という一つの仮説がある。徳川幕府が、世界最大規模と言われる空前絶後の巨城を、江戸湾の眼前に築いたのは、船から上陸する客人や要人を、景観的に圧倒させるという戦略もあったであろう。
 江戸城の景観の威容さは、全国に喧伝され、政治の中心は、南の海岸線ぎりぎりに置かれることによって、本来聖域であった地域は、江戸城の後背に位置することになり、聖域特有の力も奪取されていった。
 江戸期初頭、浅草にフランシスコ会修道士が小さな施療院を建てて、民衆の治療にあたっていた。徳川家康の影武者とも伝承されている原主水(はら もんど)は、キリシタン信仰の持ち主であり、その責めを受けて大阪の牢に入れられたが、脱出して、この施療院に身を潜めつつ、民衆の治療を、手伝った。施療院に原主水がかくまわれていることを幕府が知るや、またたくまに原主水を含む48名のバテレンや日本人キリシタンが捕縛され、品川で処刑された。江戸大殉教である。
 この後、施療院は取り壊され、厳しいキリシタン禁教下の時代に入っていく。そうした禁教下にあってなお、キリシタン信仰を守り続けた人々のいる痕跡が、キリシタン遺物や灯籠というかたちでなお、東京には残っている。
 山谷と呼ばれて親しまれてきた地域は、第2次世界大戦後急速に復興発展していった東京を、身を以て支えた町であった。ここは、戦争被災者や全国中の労働者を受け入れて、戦後長い間、東京圏における日雇い労務者の生活基盤となって活気があった。
 しかし、バブルと呼ばれた急進的経済の爛熟期が過ぎつつあるのが予感され始めた1980年代後半頃から、日雇い仕事に恵まれず、路上で暮らし始める人々が、少しづつ目立ち始めた。
 景気後退の波は、必ずこうした人々をまず襲うのである。1990年代中頃になると、労働の雇用環境も、従来の日雇い雇用とは異なる方向へ変質化し、不況と雇用環境の変化の大きな影響を受けて、路上生活者の人々はさらに増えて、今日にいたった。
 現在、政府や地方行政レベルでのさまざまな施策が、こうした人々を支援し救済する目的で試みられているが、こうした人々の数は、少なくなっているとは思えないのが、現状である。
(中里)


ホームレス問題の現状
「ホームレス問題は私たちの問題となりうるのか」

(渡辺:『スティグマ』2004年4月号掲載)

0 はじめに

 私たちの日常生活のなかでホームレスの人々を見かけることがありふれた出来事になっている。公園を埋め尽くすブルーシート、駅の階段や公園、歩道の片隅で、酒を飲んで騒ぐ人や静かに読書をする人、段ボールや毛布をかぶって寝ている人...様々な人たちの人間模様が垣間見られる。すぐそばを通り過ぎていく私たち。私たちは、ホームレスという極度の貧困状態の人々がこの社会に存在することに慣れてしまっているように思われる。
 平成14年(2002年)8月にはホームレスの自立の支援に関する特別措置法(「ホームレス支援法」)が制定され、さらに平成15年(2003年)7月には、厚生労働省によるホームレスの自立の支援に関する基本方針(「基本方針」)が明示された。このようにホームレス問題への対応はまだはじまったばかりで、現在の対策次第では、ホームレス問題が解決するか、それとも今後数十年間にホームレスが当たり前となる社会が到来するかどうか、という瀬戸際であろう。
 ホームレス問題のもう一つの側面が、地域社会のニーズとの対立である。ホームレスの多い地域は、かつての日雇い労働者市場のあった東京山谷、大阪釜ヶ崎、名古屋笹島、新宿等の大都心など特定地域だけではなく、都市郊外地域や地方都市への拡散がみられる。ホームレスの集中する地域社会に住居を持ち定住する人々からすれば、ホームレスの存在は、「安全」な環境を侵害して、公共空間の不法利用し、悪臭や騒音がし、道路や公園を散らかす人々である。そこで、ホームレスの公共空間からの排除が取り沙汰される。ホームレスは人権の侵害の状態にある一方で、公共空間を利用したいという地域社会の人々のニーズを侵害している存在でもある。ホームレスのニーズと地域社会のニーズのぶつかり合いをどのように調整するのかが、ホームレス対策の要となる。
 このようなホームレス問題に対して、私たちはどのように対応していけばよいのだろうか。この問題を解くために、ホームレスの現状について概観して、問題の整理を行うことにしたい。

1 ホームレス問題の輪郭

 最初に、ホームレスとはどのような人々を指す名称なのだろうか。ホームレスの他に、野宿生活者、野宿者、路上生活者、などがあり、差別的なものには浮浪者がある。「ホームレス支援法」第2条では「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所として日常生活を営んでいる者」をホームレスと呼んでいる(注1)。日本のホームレスは日本人の単身男性が大多数を占めるが、現在、女性ホームレス、家族ホームレス、外国人ホームレスも徐々に増加傾向にあり、ホームレスの多様化の様相を呈しつつある。
 それでは、ホームレスの現状を厚生労働省の実態調査(平成15年1〜2月実施、「実態調査」)(注2)を通して見ていくことにしよう。現在ホームレスは全国に約3万人、その多くが単身男性である。平均年齢は55.9歳であり、野宿期間が3年未満が全体の68.2%を占める。野宿の理由は仕事の減少35.6%と倒産・失業32.9%と、合わせて約6割近くが失業によって路上生活に至っている。身体の不調を訴える者は47.7%、何らかの障害をもつ者は10%である。ホームレス自身には自立の意思のある者(つまり、就労の意欲がある者)は49.7%と約5割弱いるが、ここ一年間で家族・親族との連絡が途絶えた者が77.1%にも達する。
 野宿を強いられている人々は、飢えや寒さに悩まされ、また襲撃にあい犯罪の被害者となることも少なくない。彼/彼女らは、健康で文化的な最低限度の生活を送ることもできず、人権が侵害されている状態にある人々なのである。
 これらを総合すると、ホームレスとは、中高年の男性が中心であり、野宿に至った理由は失業である。仕事をすることによって自立する意欲はあるが、身体の不調や障害があり、働くにも働けない状態にある。そして彼らを支える家族や親族との交流がなく、そのサポートを受けられない。自立の意思があっても実際にはそれが難しい状態にある、と言う人々が大半である。
 このように、ホームレス問題は、個人的な問題であると同時に社会的な要因がからみあった問題であり、貧困、雇用、家族にまたがった人間の生活全体にかかわるトータルな解決策を組み立てなくてはならない問題なのである。

2 ホームレス支援の現状:ホームレスのニーズとのギャップ

 現行のホームレス支援では、ホームレスを3つのタイプ(自立志向、福祉志向、社会生活拒否志向)に分け、それぞれのタイプに応じて、「就労自立」、「福祉」、「社会復帰」の対応を取るべきとしている。ホームレス支援の中心は、自立支援センターを利用した施設中心の施策であり、そこにホームレス支援団体・当事者団体といった民間団体の活用が盛り込まれている。ここでは「自立の意思あるホームレス」が就労によって自立を遂げるというシナリオが描かれている。
 それでは、すべてのホームレスが自立支援センター入所を希望しているのか、というとそうではない。就労自立可能な若年層、野宿生活の短い層が自立支援センター入所者の多くを占める。野宿生活の長い人々は、自立支援センターの入所よりも野宿生活の継続を選択する事が多い。というのは、実はホームレスは約6割が就労<自立>を遂げているのである。廃品回収業(空き缶集め)、建設日雇い、運輸日雇いによって月額1〜5万円以下の程度の現金収入を確保する者が約5割近くを占め、テントを自分の住居として<自立>を遂げているというわけである。現在の<自立>状態をなげうってまで(自立支援センターに入所しても就職できる保障はなく、就職できなければテント生活以前の何もない状態に戻るのである)自立支援センターにチャレンジする価値はあるのか?という疑問が湧くのも無理はない。このように野宿生活を続ける人のニーズは、社会福祉制度の提供するサービスに対するニーズとかみ合わないことが多い。
 では、上述のように彼/彼女らが就労<自立>をしているとみれば、問題はなぜ仕事をしているにも関わらず公共空間に住んでいるのか、ということになる。その要因は、不安定雇用による不安定な収入・低賃金によって住宅を借りることができない、一人で仲間づきあいもなくアパートに住んでいてもつまらない、という訳である。そこで、ホームレス対策は住宅政策を優先させ行政が責任をもって具体的な対策案を打ち出すべきではないか(注3)。住居確保を優先させるべきという理由は、住居の確保は生活保護受給につながり、就職の要件になるためである。だがしかし、ここで大きな問題にぶつかる。住居の確保のためには保証人が必要であるのだが、その保証人が確保できないということである。したがって、ホームレスを支える人間関係=社会的ネットワークづくりが問題解決のはじまりであり最終目標である。何よりもホームレス対策は、社会的サポート体制づくりが基本として、住宅、就労などの具体的対策を組み合わせていく総合的対策を取るべきである。
 「就労自立」を基本とするホームレス支援のシナリオは、すべてのホームレスに可能であるわけではない。高齢ホームレスや障害をもって自立の意思があっても就労の出来ないホームレスには、生活保護という最後の社会的安全網が用意されているのだが、うまく機能していない。65歳以上もしくは住居がなければ生活保護の受給が出来ないという違法な運用がなされているのが現状である。住宅の確保が出来ないホームレスたちは、65歳以上になるまで野宿生活でしのぐしかないのである。
 今後はホームレスが高齢化するにしたがって(現在の平均年齢は約55歳である)、はますます福祉制度(生活保護の利用)が必要となる。野宿生活が長期化して、それなりの<自立>を遂げている人々は、自立支援センター中心の対策には乗りにくい。しかしながら、高齢化の進行によって、そんな彼ら/彼女らもいずれ野宿をやめざるを得ない日が来る。そこで早急に、彼ら/彼女らが野宿生活で得た資源を生かした支援策を打ち出して、野宿生活を中止する方策を考える必要がある。そのためにも現行の住居の確保がなされないままに就労を求める支援方法は是正されるべきであろう。まず住居の確保をした上で、公的対策による雇用創出の必要があろう。また、高齢ホームレスや障害をもつホームレスには、生活保護を受けたうえで仕事をする「半福祉・半就労」といった、就労意欲を生かした支援のあり方や生活保護制度の適正な運用が求められる。

図表:ホームレス化の過程

3 残された課題

 ここまでみたようにホームレス支援対策は、自立支援センターを中心とした「自立の意思あるホームレス」の就労支援が柱となっている。それを補足する形で、制限付きながらも生活保護制度が適用されてきた。この支援対策のいくつかの課題をあげて締め括ることにしたい。
 まず初めに、「自立の意思あるホームレス」という問題である。この「自立の意思」の有無を判断するのは誰か、「自立の意思」を示すにはどのようなことをすればいいのか。それはさしあたって「就労への意欲」を示して「常勤の雇用を探すこと」ことになろう。もちろん、「就労」は自立の基本である。とはいえ、「自立」の中身は、それだけに限定されないだろう。また、「就労」したくても、高齢である、障害を持っている、常勤の仕事がない、等の本人の自助努力だけでは解決できない問題が山積している。
 ここで、本人の意欲や自助努力だけのみ過大な期待をした支援態度は、19世紀にみられた、労働する意欲のある「価値ある貧民」には支援を、労働する意欲のない「価値なき貧民」には懲罰を、といった道徳的・倫理的な判断基準に近いものが潜んでいるように思われるのである。これは、すべての人に等しく人権を保障する態度とは言えないだろう。
 第2に、移動型ホームレスの支援策をどうするのかという問題である。「ホームレス支援法」第2条では、ホームレスを「公共空間を故なく起居の場所とする者」と定義している。これは、テントを張って暮らす定住型ホームレスに限定して支援の対象として取り扱い、特定の住居を持たない移動型のホームレスに対しては配慮不足である。「実態調査」では一定期間に目視等でホームレス数を計測しているため、特定の住居を持たない移動型ホームレスの把握には限界がある(注4)。移動型のホームレスは、移動することを好む人もいるが、多くはテントを張って定住することも出来ない人々である。彼ら/彼女らは夜の商店街や終電間際の駅舎に段ボール・毛布をもってどこからともなく現れ、朝になるといずこへと消えていく人々である。そんな彼ら/彼女らは、ホームレス生活を送る上で必須の情報(炊き出しの場所、支援の拠点、基本的な生活方法など)が欠如していることが多く、もっとも生存の厳しい人々である。そのような移動型ホームレスに対する具体的な支援策を打ち出すことが望まれる。
 第3に、ホームレス支援のアフターケアの問題である。ホームレス支援は、ホームレス自身が「就労自立」を遂げれば終わる、というものではない。住居を確保した後の社会的ネットワークづくりによって、孤独によるアルコール依存やひきこもりを防止すること、住居のある地域社会の一員として活動することも必要となるだろう。元ホームレスを支える活動は、野宿生活を送っていた時から交流のある民間団体(NPO・ボランティア団体)の活動が期待される。元ホームレスをホームレスを支援する側にまわす、ホームレスの経験をその後の人生に生かす、等のことが出来るようにする関係づくりも必要であろう(注5)。
 第4に、ホームレスに対する地域社会の理解の問題である。ホームレスは怠け者であるとか、好き勝手に暮らしているのだから自業自得であるとか、自分とホームレスとは関係ないと思っている人々も、なぜホームレスが生まれたのか、そしてなぜホームレスを支援しなけれなならないのかをじっくりと考える必要があるだろう。ホームレスは職業や家族、社会保障の関係から排除された「社会的排除」の結果、陥る状態であって、誰もがその状態になりうるのである。生まれつきホームレスである人はいない。
 地域社会では、ホームレスを地域社会(つまり、自分の目の前)から追い出すのではなくて、なぜホームレス状態が問題になるのかを徹底的に議論し、地域福祉計画にもホームレス問題を盛り込むべきである。社会福祉に関心が持たれている今こそ、障害者、高齢者、子どもの問題と並んで、ホームレスも社会全体で取り組むべき問題であるという意識啓発を行っていくことが重要である。意識啓発や地域社会との仲立ちを行うのは、ホームレス関連の当事者団体やNPO・ボランティア団体であろう。これらの団体は、行政の支援では行き届かない部分を担い、地域で生活を送る一員として元ホームレスを支える活動を今後は展開しているところもある。
 私たちは、ホームレス状態にある人々と排除しあいながら<共生>する<共生社会>を作るのではなく、ホームレス状態を防止し、元ホームレスと支え合いながら「共生」する「共生社会」を作るべきである。現在は、そのための基本条件を整備する事が求められている。

(1)   「ホームレス支援法」のホームレス定義は、欧米のそれと比較して範囲が狭い。イギリスの場合は、屋根なし(野宿者)、家なし(ホテルやシェルター住まい)、不安定居住者、劣悪な住宅環境に住む人、不本意な長期間住宅の共有する人を、総称してホームレスと呼び、ホームレスという言葉の指す範囲が広い。イギリスの基準に照らし合わせると、日本は屋根なし(野宿者)だけをホームレスと定義している。そのため家なしや、と不安定な住居の人々の問題は省かれて論議されている。しかしながら、これらの人々は、ホームレス状態にいつでも陥る可能性が高い存在である。例えば、日雇い労働者だけではなく派遣労働やフリーターなど不安定雇用の人々は失業状態になれば、また、長期間に渡るひきこもりの人々は、彼ら/彼女らの生活や住居を支える親がいなくなれば、ホームレス状態に陥るリスクは大変高い。

(2)   http://www.mhlw.go.jp/houdou/2003/03/h0326-5.html#mokuji

(3)   2004年2月に東京都は、月に3000円の家賃と、月に4万円の収入を確保できる就労を斡旋する地域生活移行事業を打ち出した。これは、公園のテント暮らしの人々を住居に移行させる事業であって6億円規模の予算が計上されている。問題点は、テントを撤去した後、その場所には誰もテントを張ることが出来ないことである。この事業は、ホームレスの支援であると同時に一種の社会的排除なのではないか、ともいえる。詳細は以下を参照のこと。 http://www.fukushi.metro.tokyo.jp/press_reles/2004/pr0216.htm

(4)   ホームレスはテントを張る場所を変えたり、特定の住居を持たないなどの理由で、実数は計測することは難しい。ホームレスの数を多めに取るか、少なめにとるかは、政策上の論点となりうる。数が多ければ何らかの対策をす根拠となるし、少なければあまり問題視されない。住居を持たずに移動するホームレスは、生活の拠点がないため、精神的にも身体的にもギリギリの状態にある。彼ら/彼女らは緊急保護が最も必要とされる人々であるが、生活保護制度の違法な運用によって、生活保護受給が難しい人々でもある。

(5)   筆者は数年来ホームレスの人々の人々に対して、炊き出し活動を行っている。その体験のなかで痛感していることは、彼ら/彼女らは働きたい、人の役に立ちたい、という気持ちの強い人が多い。そのため、炊き出しの手伝いをしてくれたり、少ない収入のなかから捻出した金銭で食べ物をおごってくれたり、色々なモノをくれる人も少なくない。彼ら/彼女らの自尊心や誰かとつながっていたいというニーズをくみ取った支援方法はどのようなものがあるのか、今まさに模索中である。


山谷地区で活動する他団体(一部です)

トップに戻る